バイクインプレ日記

バイクは「体重移動では曲がれない」のか?

 

 

バイクは体重移動では曲がれないというプロフェッサー氏の動画

「モーターサイクルプロフェッサー」なる人物の以下の動画を見た。

 

「モーターサイクルプロフェッサー」氏は元ヤマハの技術者、T氏である。動画アカウントで明言はしていないが、特に隠すつもりもないようだ。

 

T氏、ちょっと検索しただけでも数々の輝かしい業績が出てくる。機械としてのバイクを知り尽くしたまさにエキスパート中のエキスパートである。最近はメディアにも登場しているようだ。

 

さて上の動画を全て見る暇のない方に内容を一言で言えば

「バイクの正しい曲がり方は逆操舵である」

ということである。そしてそれを意識すれば楽しく走れるのだそうだ。

 

もっと詳しくは以下の記事を読むと良く分かる。

明言されてはいないが、上記もプロフェッサー氏によるものだろう。内容が全く同じである。まあ同一人物か別人かはどうでもいい。重要なのは記事の中身だ。「体重移動で曲がる」は「神話」「伝説」だそうである。

 

ついでに以下の記事も同じような内容。これもプロフェッサー氏だろう。

こちらでは体重移動で曲がるのは「都市伝説」だそうな。

 

体重移動では曲がらないのか

本当に体重移動では曲がらないのか。そんなことはない。以前に別記事で紹介した下の動画。どう考えても体重移動だけで曲がってる。

 

これに対してプロフェッサー氏も以下の動画で解説しているのだが、

このライダーのボディアクションを解説して

「左に曲がる時は右に体重移動し、右に曲がる時は左に体重移動をしている」

「体重移動派でこんな説明してる人見たことありません」

「だから曲がるときは逆操舵!」

え?いやいや、体重移動で曲がってますよね、これ?体重移動の方向についてはステップからの反力で身体を動かすんだからその通りだと思うけど、体重移動で曲がってることには変わりないですよね?ハンドルからの逆操舵なんて絶対にしてないですよね?体重移動じゃ曲がらないんじゃなかったっけ?それともこれは体重移動とは違う何かか?

 

逆操舵だけで曲がれるのか

では逆操舵だけで曲がれるのか。間違いなく曲がれる。その確たる証拠は以下の動画。ヤマハのモトボットである。このロボットは人間の体幹に相当する部分は剛体で一切の体重移動はできない。つまりハンドル操作だけで曲がっているのである。

 

またプロフェッサー氏は事故後のレイニーを引き合いに出して、体重移動なしで走れてるじゃないかといささか煽り気味におっしゃっているが、

レイニーはC6の脊髄損傷なので肩から下はほぼ動かない。指も動くかどうか微妙なところだ。それでもここまで走れている。

確かにバイクは逆操舵だけで曲げることができる。

 

体重移動と逆操舵どちらの影響が大きいのか

それでは体重移動と逆操舵、どちらの方がバイクを曲げる際に影響が大きいのか。これはネットを軽く調べてみた程度では分からなかった(一応学術論文でステアからの入力の影響が大きいという記述はあった。かなり昔のものだが)。

なので大変恐縮だが、私の主観で語らせていただく。

結論から言うと恐らくこれは逆操舵の方が影響が大きい。

 

私も上の動画とはレベルが違うが、ハンドルに一切触れることなくコーナーを曲がったことがある。見通しのいい峠の下りでハンドルから手を放して緩いコーナーを曲がってみたのだ。曲がれることは曲がれるが、びっくりするほど曲がり方は弱い。

おかしいな、バイクはハンドルになるべく力をかけないで乗るのが正解ではないのか?ハンドルに手を触れなければ究極に正しい乗り方のはずだが。

アクセルのオンオフができないからピッチングモーションが作れないのか?いや、クラッチ切ってたってもっと曲がる。

上体が安定しないからうまく体を動かせないのかと思い、タンクを持って体を安定させて再チャレンジしたが結果はほぼ同じ。

そこでハタと気づいた。「そうか、普段は無意識に逆操舵してるんだ!それがないからこんなに曲がらないんだ!」

 

次は試しにできる限り逆操舵のみを意識して曲がってみた。人間には立ち直り反応というものがあり、身体が傾けば平衡を保つために頸部や体幹が側屈するため完全に重心移動を封じることはできない。まあそれでもできる限り身体が剛体になったつもりで腕のみの操作で曲がってみる。

普段体重移動を意識して曲がってる時よりは曲がらないし、なんだかフロントから滑りそうな不安感があるが、ハンドルから手を離して曲がってる時よりは曲がりやすい。

以上のことから少なくとも曲がり始めにおいては逆操舵の方が影響が大きいと個人的には感じた。

 

しかしそれでも私は意識的に逆操舵をすることはしない。

 

 

私が逆操舵をしない理由

私が逆操舵を積極的にしないのには二つ理由がある。

まず一つ目はそれが人間の自然な感覚に反しているから。

皆さんは初めて補助輪なしの自転車に乗れた時のことを覚えているだろうか。カーブを曲がる時、最初は車みたいに曲がりたい方向にハンドルを切ったりして曲がろうとしたのではないだろうか。最近自転車に乗れるようになったウチの息子がそうだし、私もそうだった。そしてだんだん慣れてスピードが上がってくると自転車を傾けないとうまく曲がれないことに気づく。そして自然と曲がる側に少し身体を傾ける、そんなプロセスを経て次第に上手く曲がれるようになる。みんなそんな感じではないだろうか?

さて、ここで聞きたい。自転車の運転を習得する過程において曲がりたい方向とは逆にハンドルを切るなどという動作をした人はいるのだろうか?おそらく皆無ではなかろうか。

やってみると分かるが曲がりたい方向と逆にハンドルを切るというのは思いの外に怖いものである。なんというか人間の自然な感覚、ガンダムの富野御大風に言うなら人間の生理に反しているのである。私は楽しむためにバイクに乗っているのだからわざわざ不安に感じるような動作を加えたくはないのだ。

 

そして二つ目の理由は、これが最も大きいのだが、逆操舵で乗っても全然面白くないから。

バイクに乗ることで感じる楽しさはいろいろあると思うが、個人的にはバイクを寝かせて、寝かせた状態からアクセルを開けシートからリアタイヤに荷重をかけて曲がっていく、そのプロセスが最も楽しさ、快感を味わえるのだ。

これを逆操舵でやるとどうなるか?例えば左に曲がるとき左のハンドルを軽く押し続ければ確かにその方向にバイクはスーッと寝ていく。だがこの時に感じるのは自分がバイクを「寝かせる」というよりバイクが「寝ていく」感覚なのだ。なんというか自分が能動的に寝かせているというよりスイッチを入れるとそれに従ってバイクが自動的に寝てくれる、そんな感じなのだ。

バイクという乗り物は自身の一挙手一投足がダイレクトに挙動に反映する乗り物である。どんなに電子制御が発達してもその基本は変わらない。ステアリングという機械を介して操作する四輪とはそこが違う。だからこそ小手先でハンドル操作して寝かせていくなんて乗り方には楽しさを一切感じないのである。ダイナミックに身体を動かし操ってこそバイクは楽しいのだ。ハンドルで曲がりたければ四輪にでも乗ってればいい。その方が安全だし快適だ。

 

二輪車の物理とライテクを混同してはならない

以上に述べた乗り方はあくまで「私の」乗り方である。これを「正しい」乗り方だ、などというつもりは毛頭ない。逆操舵で乗るのが楽しいのならそうすればいい。

 

さて、プロフェッサー氏は逆操舵で乗ることをなぜ「正しい」と言うのだろうか?そこには二輪車の物理的特性とライテクの混同があるのではないか。

 

バイクに限らず二輪車が曲がろうとするとき、曲がる方向とは反対にハンドルが切れてから曲がる方向に車体が傾いていくのは疑いようのない事実である。それは難しい数式を理解できなくても二輪車のフロント回りの構造を見てみればなんとなくイメージはできるのではないだろうか(その辺のイメージについてはいずれまた書きたいが長くなるのでここでは割愛)。

こちらのページではそれが実証的に示されている。

しかし、だからといって、「二輪車がリーンするときにハンドルが逆に切れる」=「曲がるときにハンドルを逆方向に切るのが正しい乗り方」となるものだろうか?

そもそも「正しい」とは何をもって正しいと言っているのか?二輪車の物理特性に人間を合わせることが「正しい」乗り方なのか?

もちろん物理に反するようなことをするのは正しくない。というかそんな乗り方ではそもそも曲がれない。しかしそんな物理を知らない子どもだって自転車で曲がれるのである。要するに逆操舵という物理を知らなくたって人間はそういう操作を自然に行っている。

先ほど私は逆操舵をしないと書いたが、それは意識してハンドルからの入力はしないということであり、それをやっていないということではない。ハンドルから手を離したらうまく曲がれなかったという経験からしても無意識のうちにそれはやっているのである。いや、むしろ、体幹を硬直させて身体のダイナミックな動きを阻害するくらいならハンドルに力がかかったっていいと思っているので、結果としては積極的に使っている方かもしれない。

 

だが身体が勝手にやっていることをわざわざ意識してやることは正しいのだろうか。例えばバイクの教習で「バイクはハンドルを切った方向と逆の方向に曲がるから、右に曲がるときは左にハンドルを切りなさい」と教わったとしよう。免許取りたてで公道に出て、目の前に障害物があった、その時にかわしたい方向と逆の方向にハンドルを切る、なんてとっさの判断でできるものだろうか?これが「正しい」乗り方なのだろうか?

 

アドバンスドテクニックとして理解したうえで使うなら逆操舵もありだろう。青木宣篤選手もメディアでそのような形で言及している(ご丁寧に編集から読み物として読むにとどめて実践しない旨注意書きまでなされている)。

 

しかし「正しい乗り方」とまでいうのであれば免許取りたてレベルの人にも適応できるものであるべきだろう。

 

思うにプロフェッサー氏はバイクの物理的特性にばかり目が向いて、人間という動作主体に対する関心が低いのではないだろうか。しかし乗り方、つまりライテクに関しては人間に対する視座が抜け落ちてしまっては語ることができないはずだ。ライテクとは人間の身体や意識に対する洞察がなければ語れないものではないか?

 

ネモケンさんはコーナーリングにおいて「脇腹に寄りかかる」というような主観的イメージを語る。和歌山さんは古武道の動きなどを取り入れて身体運動からライテクを探求しようとする。どちらも主体は人間だ。バイクではないのだ。バイクは人間が楽しむための道具にすぎない。主は人間で、バイクはあくまで従の立場であるべきだ。

 

「乗り方」という人間の行為、動作に話が及ぶなら、バイクの物理的側面だけで語れるはずがないのだ。

 

どうせなら議論を

それにしてもプロフェッサー氏もそこまで自説に自信があるのであれば、ネモケンさんや和歌山さんと議論してみたらいいのではないか。お二人とも積極的な逆操舵には否定的な方だ。メディアにコネもあるようだし、SNSや動画で中途半端に素性を隠して素人を相手にするよりよっぽど生産的ではないか。

技術者視点からの正しいライディングとプロのライダー視点からの正しいライディングについて、その相違がどこから生じるのか議論してみたら非常に興味深い話になるはずだ。

例えば体重移動でバイクをコントロールしていると感じているライダーになんらか計測器をつけて、実際にはステップ、ハンドル、シートなどにどの程度の力がかかっているのか、そんなことを技術者とライダーが協力して記事にしたら楽しいではないか。

 

最後に

最後にひとつ。元とはいえメーカーのエンジニアが動画やSNSで素人を小馬鹿にするような態度をとるのは見ていてガッカリするし、正直気分が悪い。個人的にはヤマハの企業イメージは大きく下がった。今までバイクもギターもヤマハ党だったけど、これからはヤマハはねえなと思う。少なくともバイクに関しては。バイクに罪はないのは分かってはいるが・・・。

 

プロフェッサー氏が自己承認欲求を満たしたいのではなく、本気で自身が信じる理論を啓蒙したいならもう少し態度を考えるべきではないか。動画やSNSで上からモノ言ってたって人はついていきやしない。人間の心は機械ほど単純じゃないからな。

 

※ライテクを学ぶならこちらがおススメです。このマンガの作者は上の動画でノーハンド8の字を決めている「ばどみゅーん」さんです。